水戸家庭裁判所 昭和36年(家)663号 審判 1961年6月23日
山村良子こと 申立人 金日晋(仮名)
(国籍 大韓民国 最後の住所 茨城県)
事件本人 亡T在順相続財産
主文
茨城県那珂郡大宮町大字上町九〇七番地の三、李初甲を亡T在順(国籍大韓民国、最後の住所茨城県水戸市柵町四丁目一七番地)の相続財産の管理人に選任する。
事実並に理由
本件申立の要旨は、
申立人はT在順(国籍朝鮮、住所水戸市柵町四丁目一七番地)から、昭和三十三年八月七日同人所有の「同所一七番地の二所在、家屋番号柵町五番、木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建店舗兼居宅一棟、建坪一四坪二合五勺」を代金三十万で買受け、同時に代金の内十万円を現金で支払い、残金については同人が朝銀茨城信用組合に対して右家屋に根抵当権を設定して負担していた借受金の残額二十万円をTに代つて債務者として支払う旨債務引受を為した。申立人は其後右組合に対し金十五万円を支払つた。然るにTは申立人に対し家屋の所有権移転登記を経ないまま、昭和三十四年七月二十八日死亡した。Tは外国人登録原簿には国籍として朝鮮、出生地及び本国に於ける住所として慶尚南道晋陽那智永面清原面と記載されている大韓民国人であるが、死亡当時独身であり、相続人が日本に居ないことは勿論、本国に於ける相続人の有無も全く不明である。仍て申立人は利害関係人として被相続人T在順の相続財産管理人の選任を求めるため本申立に及んだ。なおTの相続財産としては本件家屋以外には何等存在しない、と謂うに在る。
按ずるに以上の事実関係は、何れも成立を真正と認める甲第一号証(建物譲渡契約証)、同第二号証(家屋台帳謄本)、同第三号証(不動産登記簿謄本)、甲第四号証(根抵当権設定契約証書)の各記載と申立人金日晋、前示組合副理事長朴応王の合審問の結果を綜合して、之を認めるに十分である。
凡そ日本に在る外国人が日本に於て死亡し、その相続財産が日本に在る場合、何人がその相続人となる能力を有するか、如何なる順位にて相続財となるか等は、法例第二五条により死亡者たる被相続人の本国法に依るを原則とすること勿論であるが、被相続人の本国法による相続人の不分明な場合又は分明であつても日本に来て所在の相続財産の管理をすることが不能又は困難な場合には、財産所在地たる日本の裁判所は、当該相続財産に利害関係を有する者の申立に因つて、相続財産の管理人を選任し得ると解するのが、国際私法上の原則であると認めるべきであり、此点我法例には直接の規定はないが、第六条の規定の精神からも之を推認し得る所である。而して以上の原則による手続については、本国法が斯る場合の相続財産を法人とすると否とに拘らず、財産所在地法たる我民法九五一条以下、家事審判法第九条一項甲類三二号、家事審判規則九九条、一一八条、一一九条等によつて之を処理するを相当とする。尤もその手続としては、不在者の財産管理人選任の方法にも依り得るかの疑もあるが、不在者たるためには従来の住所又は居所を去つたこと及び斯る者の生存を前提とするのに対し、本件の場合は被相続人(死者)に相続人があるか否かが不明なのであるから、相続人を法律上不在者とする要件を欠く。また不在者の財産管理人は財産の保存を主とするに対し、相続人不分明の場合の相続財産管理制度は財産の管理のみならず債権者及び受遺者に対する清算をもその目的とする点に於て異なる。此等の点に鑑みると、不在者の財産管理人選任手続によることは適当でないと謂うべきである。また南朝鮮法によれば、相続人のない財産は旧法当時には里洞有に帰属する慣習であり、新民法(一九六〇年一月一日施行)一〇五八条によれば国に帰属するのであるが、何れの場合も相続債権者のある場合は之に弁済し、最終的に里洞又は国に帰属するのは残余財産に限られるから、南朝鮮法の下に於ても右帰属以前は一種の目的財産として法人に非ざる財団を構成するものと解し得られる。従つて本件の場合には申立人は民訴法五六条により被告たる相続財産のため特別代理人の選任を求め、訴の方法によつてもその目的を貫徹し得ると解されるが、之と相続財産管理人の選任を求めることとは要件を異にし、相排斥しないから訴の方法に依り得ることは本申立を不適法ならしめないこと勿論である。
仍て申立を正当と認めて主文の通り審判した。
(家事審判官 鈴木忠一)